【お題箱】カトリック原理主義的貞操観念について

半年ぶりくらいだけど暇つぶしにまた書き始めますね…

随分前に投げてもらっていたお題。

 

左近さんはキリスト教原理主義者だそうですが、もし彼氏に襲われたら受け挿入れますか?

 

その場で婚姻届書いてしまえば問題ないです。解決。

 

 

【お題箱】セックスしたくなるとき

割といつもなんじゃないですか。

左近は生き物としての意識が高いということでよろしくお願いします。「意識」だの「思考」だのにもうるさいので人間としての意識もちゃんとあります。おさるさんじゃないつもりです。何かうまいこと言おうとして「考える葦」をパロディしようかと思って色々思索したんですけど特に何も思いつきませんでした。ただ、その中でひとつ新たな知見を得ました。「葦」って「よし」とも言うんですね。「あし」だと「悪し」を彷彿とさせるからひっくり返して「善し」。へ~~~。

 

まあいいや、話を戻します。世間一般では色々言われていますよね。生理前に性欲が高まるだの、はたまた生理中に性欲が高まるだの。一般化できないっていうのもすごいと思いますけど。生きているって、個性って、すばらしいですね。いやー、すごい。

 

そんなことより「セックス」と「エッチ」の語感やらそこから発生するニュアンスの分析に興味が湧いてきました。語感的にどっちがエロいかとかそういうどうでもいい話です。ところで、何ら関係はないのにやたらエロく聞こえる単語として「ランボルギーニ」を強く推したいと思います。

 

あー、生きた生きた。今日も何も考えない時間とどうでもいいことを思索する時間を繰り返して何とか生きた。何せ2018年の抱負は「生きる」ですから。

新年

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

2018年始まりました。今年の抱負は(現実を直視したくないので文字にすら起こしたくもないが、必修残り、実習、就活、卒論等々が色々重なりに重なって確実につらいだろうが)「笑顔でいる」です。新年4日目ですが既に無理です。あと361日が心配。

 

うん、つらい。とてもつらい。ほんとうにつらい。

12月頃から非常につらい気持ちが続いていたのですが、たぶんそれは忙しさのせい、そう思って自分に折り合いをつけていました。でも結局正月休みもつらかった。まあそんなものがなかったというのが正解かもしれないけれど。むり。確実に忙しさのせいでも何でもなくてただの漠然とした不安とそれを処理できない自分のせい。むり。いやむり。

あと、がんばって「○○初め」とか散々言ってるんですけど、冷静に考えて新年だからなんだって言うんだ。むり。新年だから気持ちを改めて、って気持ちはわかる。わかるんだけど、でも、なにも改まってないしただ漫然と続くつらい日々の延長なんだ~~~。むり。

「笑顔でいる」とかいう2018年の抱負、私にはハードル高すぎました。

 

 

2018年の抱負(改)

生きる

 

 

 

【お題箱】良い童貞になりたい。

出典としては恐らくこれでしょうね。

「世の中には2種類の童貞がいる。良い童貞と良くない童貞だ。」(左近 2016)

 

某良くない童貞からのリクエストですかね。

 

なんとこの記事存在意義がなくなりました。

いやでも「良くない」を「良い」に変えるのではなく、今や「非童貞」を「童貞」に変えたいのかもしれませんね。ここでありがたいお言葉をいただきましたよ。

 

「引き返せない道程」(たむら 2017)

【お題箱】年上(概念)の彼氏について

幼小中高大なにひとつ共通項がなかったのに、誕生日たったの5日違い、同じ病院の同じ新生児室で数日間過ごしたと思われる「ぴ」を持つ左近です。こんにちは。ちなみに私の方が5日年上なので。

 

 

随分前に投げてもらっていたお題

彼氏が本来同学年にもかかわらず学年が1つうえであるというギャップイヤーについて大学院に通っている時は養う気概があるのか

シンプルにノーです。

仰る通り私は周回遅れでそもそも向こうの院1年目ははまだ学部生です。まあそれで翌年私が調子良く社会人になったとして基盤がなさすぎる。というか養うって何だ?将来的にも経済的依存としての意味で養う気も養われる気もないと言った方が正確な気がする。精神衛生的な側面でよろしくなさそうなことがあれば全力でサポートする気概はいつでもあるんですけど。365日24時間完全対応です。

ああでも結婚してからドクターとかいうことになったらまた別の話かなあと思います。手放しで自由にしなよとはいかないだろうけれど色んな見込みとか信頼とかによって変わると思う。

 

あ、すみません、結婚前提で話進めてしまって(ゲス顔)

 

猛烈に眠いのでこのあたりにしておきます。でも別に寝言言ってるわけではなくていたって本気です。なんだこの最近のただの惚気ブログ感。次あたり心を鬼にしてちゃんと殺伐とした左近に戻って書きます。おやすみなさい。

性倒錯について

お久しぶりです、左近です。

本当にお久しぶりです。ここ1ヶ月弱ほど、発表会だのテスト期間だの実技試験だの課題提出だのバイトだので死んだように生きていました。今は夏休み+お盆休みで非常にフリーな状態です。…といいながら放置していたらそこから更に2ヶ月経過していました。

しょうもないブログなんですが…と言いつつも多方面で紹介しているのだから話題を選べよと自分でも分かってはいるのですが、今はこれしか書けません。性倒錯。性倒錯全般ではなく左近の嗜好のお話です。

 

ダクライフィリア(泣哭性愛)

泣くことや慟哭(どうこく)などの泣哭(きゅうこく)行為、などへの性的嗜好。ダクライラグニアとも言う。英語:Dacryphilia または Dacrylagnia

(cf. Dacryphilia - Wikipedia)

端的に言ってこれです。物好きな人はリンク先の英語ページもしっかり読んでください。これを読むか読まないか、今こそあなたの左近への愛が試される時です(意味不明)。

 

ひとつ断っておきたいのが、「泣いている姿を見ると守ってあげたくなっちゃう」とかそういう次元のお話ではないということです。なんせ立派な「性倒錯」ですからね。興奮です。興奮。

 

そもそも「泣く」という行為は、物理的・精神的を問わず何かしらのダメージを受けた際に、基本的には自分の意思にかかわらず発生するものです。つまりそこには、ものすごく余裕のない状態が生まれているわけです。余裕のない状態とはつまりこちらのコントロールが完全に効く状態です。救うも我、殺すも我、ぞくぞくしますね。

 

お分かりいただけたでしょうか。

 

ここまで書き切ってひとりでにやにやしただけで特に伝えたいことはありません。

 

皆さんも心の中に「私だけの性倒錯」、持っていませんか?

匿名でも構いません。ここに投げ入れておいてください。 https://odaibako.net/u/4k__1n